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2010/7より開始。 週に一回ぐらいゲームの感想とか雑談とか雑談とか小説とか雑談を書いていきたい。
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 カーテンが風に揺れて、隙間から部屋に一筋の光が入る。
 それは、外が晴れ渡っている証。
 散歩日和であり、陽の光はさぞ気持ちいい事を誰しに予感させる。
 しかし、部屋の主は大半を占める暗闇に留まり夢の国の大冒険を繰り広げていた。
 仕送り頼りの部屋の主にとって、大事な娯楽であり暇つぶしだった。
「ねぇねぇ、ハコダテ君?」
 そんな休日の、太陽がもう殆ど昇りきっている時間。
 悪戯っぽく惰眠を貪る少年へと、ハコダテと呼びかけた女性が一人。
 長く伸びた髪を、隙間から入る光で煌かせやさしく、睡眠を貪る男へ呼びかけている。
 傍目には美人と言ってしまっても良い位の女性。
 しかし、どことなくその感情を薄めさせる雰囲気を全身に残しているのは彼女本来の性質なのだろう。
 そんな彼女の言葉に対して
「『B』さん? あと、五分…………」
 お約束な台詞を残し、かの人は夢の国へと旅立った。
 癖なのか、彼はうつ伏せになリ、枕の下に手を突っ込んですやすやと寝息を立て始めた。
『B』と呼ばれた女性は、その言葉と寝息を聞き届けにっこりと微笑んだ後。
 新聞をくるくると丸め、メガホンの形にして。
 いい顔で夢に踊っている少年の耳へとソレを近づけて、すぅと一息。


「………………………………お・き・ろーーーっ! 五稜郭ぅ!!」

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+ + + + + + + + + +


 揺れた。窓が、ドアが、流しに溜まっていた水面が。
 ついでにハコダテ……本名、五稜郭という名の少年の鼓膜も。
「“!?”」
 たまらず五稜郭も飛び起きた。手はばたばたと、枕元にある彼の宝物であり
 名前の由来でもある『鞘』を慌しく探していた。
「おはよ、ハコダテ君。もうお昼近いってのに寝てるなんてね」
 そんな五稜郭に『B』は優しく挨拶を投げかけた。
 だが当の五稜郭は鞘を手にし、右に左に頭を振るが本調子ではないのは明らかだった。
「『B』さん? 何かしたか……したんですか? 耳が遠いんですけど」
 んーん、と首を横に数度振って否定を表す。もちろん嘘だ。
「なんか。なんかですよ?
 いきなり突然急に、航空際の会場に運ばれたような感じで目が覚めたんですけど」
 顔を冷水に浸し、洗顔と気付けを同時に済ましながら五稜郭は会話を続けた。
「悪い悪夢でも見たんじゃないかな」
 そ知らぬ顔で『B』は言う。
「良い悪夢ってのはあるんですか」
「ワニに追いかけられるとかじゃない? やっぱり」
 違いない、と言う五稜郭を尻目に風になびくカーテンをばぁっ、と開け放ち。
「遊びにいこっか? ね、ハコダテ君?」
 『B』はそう。背負う太陽と同じぐらい、きらきらとした顔で笑っていた。




 ここは、とあるところ、とある時代の日本。
 ただ我々が知っている日本とは少し違う日本。
 そこに住む極光学園高等部二年 五稜郭 鞘(ごりょうかく さや)は新聞部員である。
 五稜郭をハコダテと呼ぶ、少し年上の自称極光学園大学部二年の『B』と言う女性と
知り合ったのはつい最近のことだ。
 ひょんなことでスクープの種を探し、地下下水道を探索していた時に『B』と遭遇し
 それから色々あり下水道で別れたのだが、翌日新聞部室で再会する運びになった。
 まぁ、そんな普通な出会い。


 ただ、一つ違っていたのは。
 『B』が幽霊……らしきものだったことでした。


 少し勘が利く人とかには声だけ、とか姿だけとかが薄ぼんやりと見えるぐらいでしたが、
五稜郭には『B』曰く「波長が合う」らしく声も姿もはっきりと見ることが出来た。
 そして『B』は五稜郭と出会う前は地下水道から出ることが出来ませんでした。
 しかし彼、五稜郭に出会ってから――正確には五稜郭に近い物を持っていれば五稜郭の近くには行ける事を理解して、必然的に地下水道より五稜郭の近くに寄ってくることが多くなったのです。
 まぁ『B』が五稜郭のところに来るのは週に二日程なのですが。





 アスファルトが日の光で熱を持ち遠くを見るとゆらゆらと風景が揺らめく。
 そんな晴天の道を、傍目には独り言を言って自転車のペダルに力をこめる男。
 自転車に轟天号と名前を付けている五稜郭は、とりあえず美人で年上の女性に誘われたのは悪くはないと思いつつ、彼女に話しかけた。
「ていうか人が寝てる隙に部屋入ってこないでくださいよ。鍵かけてるんですから」
「わたしにはそんなの関係ないもーん。
 そ・れ・と・も……わたしに見られちゃ困るものでもおいてるのかな?」
 五稜郭が自転車を走らせる中、『B』はにやにやとした顔を浮かべ、その少し後ろをふいよふいよと浮かんで追いかけていた。
 そんなものはない。と、はっきり言い切ることも出来ず五稜郭は後ろをふいよふいよとしている女性へ言葉にならない言葉を返した。
「人のところまで来て遊びに行こうだなんて……行き先は?」
 家を出て数十分。五稜郭は『B』の指示をする方向へ向かってはいるものの
目的地の答えは一言も教えてもらってはいなかった。
「んー。秘密? でもまぁ、もう半分は来てるから」
 にこりとした顔を五稜郭に投げかけ、『B』は彼のカメラを入れたバッグにふわりと腰掛けていた。





 信号に引っかかってペダルを止める。
 その合間に、五稜郭は時間を確認した。
 時間で言うと家を出たのが、一時ごろ。そして今が二時と四分の一ぐらいだ。
「って事はあと一時間ぐらいですか」
 少し疲れたように五稜郭。
「たぶん」
 それを感じたのか『B』はどこからか水筒を取り出した。
「紅茶どうぞ。冷やしてあるからいいんじゃないかなぁ」
 水筒の蓋に琥珀色の液体を注ぎ『B』は五稜郭にそれを差し出す。
「丁度いいです。喉が渇いてきたんで…………甘い、いつもより?」
「今日のわたしは少し甘めな気分だったからね。
 ついでに疲れてるときにはって言うからそれも考えて」
 信号が青へと変わる。
 五稜郭は『B』へ蓋を返すのと同時に礼の言葉を付け加え再び両足をペダルへ預けた。
(というか、疲れてる。じゃなくて疲れさせるのは理解してたんだろうなぁ……)
 そんな風に五稜郭は思ったがあえて口には出さないことにした。





 その後も順調にしゃかしゃか、と道を進んで。
「ふんぐぅあー!」
「がんばれー、ハコダテくーん」
「どぉりゃぁー!」
「いけいけー、ハコダテー」
「こんちくしょーう!」
「ふんばれー、ハッコダテくーん」
 上り坂を自転車で登り続けていた。
「応援はいいですけど手伝ってくださいよー!」
「押してあげてもいいけど……あんまり役に立たないと思うよ?」
 『B』は寂しそうに五稜郭の言葉に答える。
「え……?」
 五稜郭は、その少し寂しそうな言葉に反応する。
 その時思い出した。自分は普通に喋っているものの彼女は幽霊のようなものであるのだと。
 もしかしたら自分には触れるだけで、ほかの事はからっきしなのかも。
 とかそんな事が五稜郭の頭に星のごとく浮かんでは消えていったが。
「だって……わたし……文字通り地に足がついて無い状態だから」
「……………………」
「なんてね」と小首をかしげて笑んでいる『B』ではあるが対照的に五稜郭は体感気温が下がるような気分だった。
 太陽がさんさんと照っているはずなのに、この一帯だけ季節が進んだのではないかと男は考える。
 五稜郭は油断していた。これは『B』の趣味だ。
 彼には今まで浮いているのはこれを言うための伏線だったのではないかとも考えられた。
 ペダルに魂を乗せて回している少年は先ほど考えたことを即座に撤回し、自分の後ろでふいよふいよしている女性は、
自分の言ったことに満足げにニコニコとしている。
「あ、これはねー、ハコダテ君。今日のわたしが浮いてるだけにね――」
 解説まで始めた。
 たぶん、このまま黙っていると坂を上りきるまでは『B』の趣味に付き合わされる。
 爬虫類で無いから寒さで動きが止まるということは無いが精神的にクルものがあった。
 そう判断した五稜郭は自転車から降り、そのままハンドルを押しながら坂を上り始めた。
「ありゃ? 押すことにしたの?」
「ええ。ここで時間を食うわけにも行かないと思いましたんで。
……顔と見かけはいいのにアレは……」
「ん? 後ろ何て言ったの?」
 五稜郭がボソリと言った事は『B』に聞こえていなかったのか
 彼女はぐるりと正面に回りこみ聞き返した。
「ウイットが効いてると思いまして」
「汗?」
 それを境に、五稜郭は異常とも思える勢いで坂を登っていった。

足三三三三三三三   幽==

「ちょっと!? 早いよ、ハコダテ君!? 軽い冗談なのに!?」





 決死の覚悟で一気呵成に坂を登り切ってからは楽だ。
 世の中登り道だけ、というのも少ない。その逆も会わせて存在する。
 そんなわけで、今はペダルを漕がずとも勝手に車輪が下り坂を駆けていった。
 今、操者に出来ることと言えばハンドルを切ることと速度調節ぐらいだ。
 坂の上から見える景色は、青と青が遠く水平線で交わっていた。
 下の青では、遥か遠くにはヨットらしき物が浮いているし、それより大分近い砂浜では少し早い海水浴やサーフィンに勤しむ姿が見て取れた。
 この景色が遊びに行こうと誘った『B』の目的の一つだった。とは五稜郭は坂の頂上で教えられた。
「いやっはー。風が気持ちいいねぇ、ハコダテ君」
「そうですねー」
「ん? どしたの?」
 『B』の言うとおり。五稜郭はどこか声の調子が平坦、単純に言うと棒読みだった。
 頂上で写真を撮っていた時はもっと楽しそうで、年相応に見えないぐらい少しはしゃいでいたというのに、うって変わったテンションだ。
 質問に答えるように首を半分後ろに回し、『B』を見つめて言った。
「いや……『B』さん浮いてるのに俺と同じスピードだなぁと考えちゃいまして、さっきから早いときも遅いときも」
 確かにそうだった。五稜郭が遅いときは遅く、今みたいに早いときは早いのだ。
「……そりゃあ……アレだよ、アレ。世界の法則」
「世界の法則ぅ?」
 五稜郭に耳慣れない言葉だ。
 単語自体は知っているがそういう言葉は聞いたことがない。だから聞き返した。
「簡単に言うと、崖から飛び出しても気付かなければそのまま空とか走れるけど
 気付いちゃったら空中で泳いだり走ったりしても落ちちゃうとか。
 簡単なのは、バナナの皮があれば必ず転ぶとかかな。
 ああ……後、願わくば下は見ないほうがいいと思う。しばらく、前だけを見て」
 最後に妙なことを付け加えられた。
「下?」
 五稜郭が下を向くが、『B』はそれを阻むかのごとく、彼の目線に体を自転車の下に滑り込ませた。
「ダメだってばー」
「あの……」
 だが、流石に無理がある。『B』一人で覆い隠せる世界には限りがあった。
 彼女以外の景色は青。
 彼の目には太陽の日がきらきらと反射して白と青のコントラストが美しく見えた。もちろん海だ。
 ふぅ、と一息ついて五稜郭は上を仰ぎ見る。
 青い空と白い雲。吸い込まれそうだ、という表現にとても似合いそうな青空だった。
 もう一度下を見る。
 十メートルほど下に青く輝く海。背後を見てみれば先程まで走っていたはずの道路。
 五稜郭にもすぐに察しが付いた。
「つかぬ事を伺いますが世界の法則って……マーフィ?」
「うん、マーフィの法則とも言うね」
 ひょいひょいと手慣れた様子で、『B』は五稜郭のカメラやフィルムを受け取ってポケットにしまう。
 明らかに許容量を超えているような量なのに『B』のポケットにはまだ余裕があったのは謎だ。
 五稜郭が全部、渡し終えて一息つく。
 その時、重力がW=gtを思い出し、男は落ちた。海へ、まっしぐらに。
「ああ、思いついた」
 落下している五稜郭に向かい『B』は真剣な眼差しで。
「俺が助かる方法ですかッ!?」
「……ゴメン。お米の国でロケットがひゅーって飛んだのにすぐ落ちるのは街の名前が悪いからだって、さ」
「それでッ!?」
「すとんって落ちる。つまりひゅー、と飛んですとんと落ちる。ヒューストン。
 キミが落ちるの見てたら思いついた」
「アハハハハハハハハハハ。
『B』さん鬼かー!」
 そう言い残して男は着水した。派手に水柱をおっ立てながら。
「痛ぇー!? 腹から落ちガブブ」
 そして自転車と共に沈んでいくこともまた、自然の法則だった。





 ぱち、じーっ。ぱち、じーっ。
 そんな音が、規則的に五稜郭に聞こえてきた。
 目は開けられない。気持ちのよいまどろみで、どうにも体が目を開けることを拒否し、
もう少しこのままでいたいと望んでいるようだ。
 体も砂の暖かさがちょうどいい按配だった。
 彼は途切れている記憶を埋めようと思い返す。
 ガードレールのない道から海に落ちた。その途中で絶対零度の攻撃を受けていたのは残念ながら忘れられてはいなかった。
「ヒュー……ストン」
「あ、おきた?」
 上から聞き覚えのある声が聞こえた。
 五稜郭のまぶたには、閉じていても輝く山吹色。
 仕方がないので目を開けることにした。
「おはよ、ハコダテ君」
 覆い被さるようにそこにいた彼女。『B』は楽しそうに、水平線に沈む夕日を自前のポラロイドでぱしゃぱしゃと撮影していた。
「『B』さん? 俺……?」
「うん、凄かったよ。自転車から脱出して着の身着のままで、200メートルぐらいのここまで泳ぎきったら急に気なくしちゃうんだもん。
 びっくりしたよ。あ、鞘もわたし持ってるから」
 ああ、確かにと。五稜郭は確か自転車を捨てて、一番近そうな砂浜めがけて泳いだ。それを思い出した。
 そして彼は、いつもの、普段通りの癖で枕に手を突っ込もうとした。
「ひゃっ!?」
「あわ!?」
 彼の手は何かやわらかい物に阻まれ枕の下へ手をやることは出来なかった。
 ここで、五稜郭は自分の体勢にようやく気がついた。
『B』が脚を伸ばして座っている。その、腿のあたりに五稜郭は頭を乗っけている体勢。
 いわゆる変則な膝枕という奴だった。
「あ、ご、ごめんなさい」
「気にしなくていいよ? おねぇさんだからね、わたしは」
 五稜郭は体勢に気付き体を起こそうと頭を上げ、『B』は彼の様子を見ようと頭を少し下げる。
 結果。
「!!」
「!?」
 互いに額をぶつけ合ってしばし悶絶してしまった。





「ごめんね。ハコダテ君」
 ひとしきり悶絶した後。体を起こした五稜郭は、横の『B』からそんな言葉を聞いた。
「……何が、ですか?」
 謝られる覚えのない五稜郭はそうとしか返すことが出来なかった。
「んー。今日のこと? 誘わなかったら……自転車も沈めること無かったし」
「まぁ、別に。轟天号ももう古くなってましたから」
「でも名前付けるってことは大事にしてたんでしょ?」
「否定はしませんが……。終わったことにとやかく言う趣味もないですから、俺はッ!?」
 言葉の途中で『B』に頭を引っ張られ、先程の膝枕のような体勢にさせられた。
「……人様のもの、傷つけといてそのままでいられるほどわたしは強くないんだよ?」
「『B』さん…………そんな風に考えなくても……俺は別に」
 そこまで言って今度は五稜郭の後頭部が、砂へと着地した。
 五稜郭は仰向けの体勢のまま、立ち上がった『B』を見つめることしか出来なかった。
「……?」
「そうだ! 閃いた!
 わたしが自転車取ってくればいいんだ! なぁんだ簡単簡単。
 そうと決まれば早速行ってくるよ。ハコダテ君は先に帰っててね」
 『B』は言うとざぶざぶと海へと足を進めていった。
「ちょっと『B』さん!? 死んじまうぞ!?」
「それは冗談か何かかい、ハコダテ君? ちょっと面白くないかな」
 言われた彼女は、楽しそうに言葉を五稜郭に返した。
 五稜郭は、目の前の女性にだけは言われたくはないとは思ったが口には出さないことにした。
「んじゃ、行ってくるね」
 夕日で振り返る『B』の顔は五稜郭には見えなかった。
 なおも手をパタパタとしながら、『B』はどこぞの洋画のように親指を立ててオレンジ色の海へと沈んだ。
 それを見送った五稜郭は、ああ……、と感慨深く呟き。
「……自転車で結構時間かかったのに、先に帰れってのは無しですぜ、『B』さん…………」
 自分の置かれた境遇を再確認したのであった。
「えぶしっ! 服も……濡れたまんまだしよぅ……。てか俺の鞘まで持ってって……」
 日も完全に沈み、藍色のカーテンが空を覆う中。男は一人寂しく自転車で元来た道を歩いて帰っていった。






 そんな日の翌日。
 とりあえず、学生の五稜郭は少し暑さの残る学園路を歩いていた。
 先日は家に帰り着いたのが、ほぼ日が変わる寸前だった。
 ついでに財布の中の自転車の鍵が無くなっていたのに気付いたのも家に帰り着いてからだった。
(いつの間に落としちまったかなぁ……海の中か……?)
 天下の周りモノさえあればもう少し早くは帰りつけたものの、数日の食費と引き換え、というのは彼には許容できなかった。
 しかも、普段なら自転車で通学しているはずの彼だがそれも無い。
「おはよー」
「お、おはよっと」
「よう、五稜郭」
「千導は?」「遅刻ー」
「よ?」
「朝っぱらから……」
 そんなわけで幾分早く家を出た五稜郭だったが、途中で出会う
クラスメートや友人に挨拶をする。
「よ、さぁや」
 そんな五稜郭の背中にちりんちりん、とベルの音と共に声をかける人物がいた。
「部長、おはようです」
 五稜郭の声の通りに彼の所属する新聞部の部長だ。
 自転車に跨っている彼は五稜郭の横に付くように速度を合わせた。
「珍しいな、轟天じゃ無いなんて。パンクでもしたか」
「いや、そんなわけでも無いんですが、ちょっと愉快なことに」
「ふぅん。さぁや、そういえば今朝面白いネタがなぁ――――」
「へぇー」
 五稜郭と部長はそんな風に新聞のネタの話題や、取り留めの無い話をして学園へ向かっていった。



「んじゃ、ちょっとチャリ置いてくるからな」
 言って部長は、自転車置き場へと向かっていった。
 別に、五稜郭は待つ必要もなかったがここまできたら一分ぐらい待つのも待たないのも一緒だろう、と部長を待つことにしたのだ。
しかし、その日は遅かった。
 遅い、と思いつつも五稜郭は待っていた。少しばかり登校する生徒の数が減った頃にやっと部長が戻ってきた。
「早かったですね」
 五稜郭の言葉を部長はにやにやとして受け流す。
 その態度に疑問を持ち始めた彼の頭を、部長は急に体と腕で挟むいわゆるフェイスロックの体勢で歓迎した。
「ふざけるな、さぁや! 誰だ! 言え! 吐け! あんな人と何時知り合いやがった!?」
「痛い痛い痛い! 割れる! 頭割れる!! 痛いってー!」
 悲鳴を上げる最中にも、腕の締め付けは万力のごとく強さを増していった。
「割れちまえ!」
「ぎゃー! なにがあったんでぃすかー!?」
 部長は落ち着きを取り戻すと、ゆっくりと五稜郭に鍵を手渡した。
「俺の自転車の鍵……?」
「いやなぁ――」






 ガチリとU字の鍵を自転車にかけ、部長は五稜郭が待っている玄関前へと戻ろうとした。
 その背中に。
「あのー?」
 という女の人の声
 自分にかけられた声かは自信がなかったがどうにも気になる声。
 それが聞こえた方向に目を向けると少し年上の、それであって悪戯な雰囲気を残す女性が二つ隣の自転車のサドルに座って、
にこにこと部長に手を振っていた。
 ポケットは妙な具合に膨らんでいるように見えた。
「はい……? さぁやのチャリンコ!?」
 女性が座っていたサドル、その全体像に見覚えがあった。五稜郭が轟天号と名付けている自転車だ。
 それを見て部長の頭の中でパズルが完成した。つまり五稜郭は、自転車を盗まれて歩いてきたのだと。
 もちろん大間違いであるが。
「ハコダテ……じゃなくて五稜郭君の部活の部長さんですよね?」
「ああ、あいつの部長だ、あいつに何か用か?」
 訝しげに部長。
 部長には目の前の女性には見覚えは無い。しかし女性はそうではないようであった。
「五稜郭君に、この自転車の鍵を返してもらえるかな? 部長さん。
 あと、ついでにこれも」
 女性は膨らんでいたポケットから、フィルムとカメラの入ったポーチを取り出し、
 半ば部長に押し付けるような形で鍵とそれらを手渡した。
「アンタ、泥棒。……って訳でもなさそうだし、さぁやとどういう関係だ?」
「わたしとハコダテ君かぁ」
 少し女性は考えるようなそぶりを見せた後に。
「一方的な友達、かな? それじゃハコダテ君にお願いしますねー」
 そう言うと女性は、どこかへと走り去っていってしまった。




「って、訳よ。さぁや……あのお姉さんはいったい…………って、さぁや?
聞いてる? ねぇ? 今日の取ってきたネタは朝靄を走る無人自転車の写真なんだけど、おい?
すいませーん。さぁやさーん?」
 彼は部長が何かを言っているのは聞こえていた。
 しかし理解はしていなかった。
「ま、またひょっこり来るか『B』さんは」
 五稜郭は部長から受け取った、カメラとフィルムの入ったポーチをカバンへと仕舞い込む。
「さって、部長。後で暗室借りますよ? 昨日いい写真一杯撮ったんでね」
 自分の自転車の鍵、少し暖かさを残したのは部長が持っていたからというわけでは無いだろう。
 そう思いながら、五稜郭は今日も名も知らない女性のことを少し想うのであった。




「だから俺の話を聞け、少しは」
 心ここにあらずな五稜郭に対し部長は一人不満げにごちていた。
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